昭和の頃、高校生に、単車、軽自動車を買わせない、軽免許を取らせない、乗らない、
昭和の頃、高校生に、単車、軽自動車を買わせない、軽免許を取らせない、乗らない、三ナイ運動あったそうですが、何のためでしょうか?補足tosan1966さん。祖父から聞いた話しなんで、昭和中期の話しですよ。祖父の高校生の時代は、軽免許が、16歳 で収得できたそうです。軽自動車には、乗れたそうです。 若年者の死亡事故が多発したためです。だったら免許を取らせなければ良い、という発想です。 秋田県ですが、35年位前は最寄りの駅が遠いとかで、学校の許可を得れば取得可能でした。
(全ての学校がOKという訳では有りませんでしたが)
軽免は有りませんでした。
無断で取りに行ってる人も居ました。
数年後、と言っても1、2年後は全ての学校でNGとなってました。 3ない運動の始まりは
1982年に全国PTA連合の大会で買わない、取らない、乗らないの3ない運動をすいしんすると決議したことが始まりです
なので昭和中期に3ない運動という者はありませんでした
まあ、その高校が独自でやってた可能性は否定できませんが
3ない運動の目的は事故や暴走族に入るのを防ぐ意味もありました
二輪で暴走族が問題になり400cc超の二輪の免許は試験場のみと定めたのも昭和50年です
昭和中期にこのような問題が社会問題になっていたとは考えにくいです
そのような時代に3ない運動をしなければならないほど一般的に高校生が車やバイクを買えたとも思えません
ちなみに軽免許は昭和40年に廃止されています 話がゴチャゴチャになってますね、昭和中期の30年代なら三ナイ運動はありませんよ、当時は自営業の家が多かったので手伝うためにバイクぐらいは乗っているのが普通です。
また当時は一般家庭がやっと車を買えるようになってきた時代です。
三ナイ運動は40年後半ぐらいからで、この時期はすでに軽免許は無くなっていますからバイクだけですが、交通手段が少ない地域の高校では原付に限って許可していました。 二輪車での事故防止や非行(暴走)防止の為で、当時は実施している学校が多かったようです。
ただ、これには制度的な欠陥があります。
学校に内緒で免許を取得(免許を取得するだけ健全です。)したり、無免許運転をする人が出ることです。
また、交通事故による死亡者・負傷者の年齢が16~18歳ではグッと押さえられ、19歳以上で一気に増える現象が見受けられます。(高校で禁止されているから結果的に卒業した年齢で一気に増加するだけ)
結果的には、単なる制限をするだけで、事故防止に関する教育は一切していません。
国家資格取得に理解がある学校は、技術的な資格だけではなく、運転免許取得も一切の制限を設けておりませんでした。
ただし、生徒の事故を防ぐという観点から、免許の有無に関わらず、全校生徒を対象に交通安全教育を毎年実施しておりました。
このように免許取得や二輪に乗ることに制限をせず(通学はNGだけど)、正しい知識を教え込むことで事故防止に役立てるって考えの学校があったのも事実です。(非常に少数派ですが)
二輪の事故で死亡する生徒がいても、制限されることはありませんでしたね。(そのかわり、交通安全教育が行われましたが、) 先生や学校が、安全運転教育・指導するのと、無免許運転や事故発生時の
対応・管理体制の責任追求されるのが面倒なので、禁止していましたよ!
簡単な理由は、只それだけ!
公共交通機関が無く、距離が遠い、通学困難者には、原付免許取得、バイク通学の
許可は出ましたよ!
特に愛知県は、最近まで長く禁止していましたね!
その反動で、卒業後直ぐ、暴走運転で事故死する若年者が後を立ちませんね!
地元トヨタも安全運転普及活動を一切やって来なかった事も影響有るかな!
社員の安全運転教育すら、ホンダ・鈴鹿サーキットのレインボースクール
(安全運転スクール)に委託してましたからね!
富士SWの安全運転スクールが出来るまで委託!
安全運転スクール指導マニュアルは、ホンダから買ったそうですよ!
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