自分が若い頃にあったものがいずれ希少価値がつき高騰したり再評価
自分が若い頃にあったものがいずれ希少価値がつき高騰したり再評価されることを何故多くの人は想像すらできないのでしょう?全て価値が出るとまではいかなくともその中から高騰するものや歴史的に認められるものが出てくるのはむしろ当然では。
どんなカテゴリーのものでもそういうケースあります。有名な逸話だと最近レトロブームで人気なアデリアのグラスですね。若い社員が復刻しろと言ってもおじさん上司はこんなの古くてダサいだけだと難色を示しなかなかOKしなかったけどそれでも若い社員が引き下がらず出せと言うので渋々出したら爆発的ヒットしたというエピソードです。
他のカテゴリーにもそういうのはよくあります。車なんか代表的なもので中古車の輸出25年ルールや漫画の影響などで80〜90年代のスポーツ Sportsカーが新車価格以上の値段になっており、当時違法公道レースなどでやんちゃしてた人が今その価格を見て「俺たちのポンコツを返せ」的な事を言ってますが、もうそれは「やんちゃ坊主のポンコツ」ではなく立派な「美しいクラシックカー」なわけです。なのにそれを1ミリも理解できないおっさんがヤフーなんかにはたくさんいます。しかも車を直すのには莫大な手間とコストがかかります。
他にもそんなものは色々ありますね。
例えば将来、携帯でもスマホゲームのデータでもトレカでもなんでも構いませんが今の小学生が遊んでるものに価値が出てそれが美術館にアートとして展示されても感慨深くはなりますが「こんなゴミみたいなガキのおもちゃ捨てちまえ!」とは思いません。実際、既にポケモンカードで希少なものは家が買えるほどの値が付いたものもありますし昔から野球のトレカなんてレア物は高いです。
だから自分が歳を重ねてそれだけ当時の物も円熟したんだなと思うのが筋だと思うんですが、なぜ若い時や子供の時にあったものが珍重されるようになることを多くの人は理解できないんでしょう?
あまりに想像力が欠落してません?補足例えばの話、学校の音楽室にベートーヴェンの絵が飾られてるように100年後、1000年後音楽室があったならKpopの歌手でもなんでもいいですが今の人気アーティストの絵や写真が「歴史上の偉人」として祀られていても不思議ではありません。それをおかしいと思うのがおかしい。そういう話です。 当時を生きていた人たちにとって、それらがありふれていて、まさか価値が上がるとは思わないからでしょうか。
時代が下ってそれらを知らない人たちが出てきて、それらを羨むからかもしれません。 そりゃね、何でも物を捨てずに置いておけるほどの場所柄的な余裕や状況的な余裕があれば何でも捨てずに取っておく人はいると思いますよ。
でも年齢を重ねれば新しい物を買わなきゃならなくなり、多くの人は古い物を全部取っておくことなどできずに処分して行きます。
車なんか置き場所がある人の方が少なくて、田舎で土地が大量にある人でもないかぎり駐車場を借りたりしてるのも普通です。
何台も置いておける人などそうそういるものではありません。
最初から「これが高騰するよ」とわかっていれば取っておくでしょうが、現実にはそんなに簡単ではないのではないかと。
と言ってみたものの、自分はわりと気に入って持ってた物が捨てられないタイプ。
子供の頃に持ってたおもちゃがオフハウスで高値で売られてるのを見ると、捨てた親を恨みますね。
それでも任天堂のゲームウォッチとかその辺りからの物は今も持ってます。
家を出てから実家に置いてた物がかなり親に捨てられて無くなってるのにはちょっとイラつきましたね。
で、自動車です。
「俺たちのポンコツを返せ」なんて言ってるオジサンがそんなにいるんですか?
それは自分は知らなかった。
自分はAE86を2台所有しています。
初代ロードスターもあります。
ロードスターと新しい方のAE86トレノ(と言ってもロードスターは15年、ハチロクは16年所有してますが)はまだかなり安く購入してます。
ハチロクが25万、ロードスターが5万。
もう1台のハチロクレビンはもう30年近くになりますね。
で、自分に言わせれば「俺たちの云々」言ってる人たちは、自分が走り屋ブームが去った時にミニバンに鞍替えしたんじゃないか!となります。
本当、それまで猫も杓子も走り屋だったのに一気にみんなミニバンに乗り換えて、おかげで売れなくなったせいでシルビアが、RX-7が、レビトレが、みんなカタログから消えた。
そりゃ家庭の事情でミニバン買わなきゃならない人もいたでしょうけどね。
でも明らかにブームが去って、流行らない物を捨てた感のある人が多すぎて自分はかなり驚きました。
で、自分はそれでもそんな車が好きで手離せず、30年のレビンに関しては家族ができたのでファミリーカーが必要になったけど「いつかはまた乗りたい」とナンバー切って所有し続けてます。
それこそ駐車場代もかかってて仮に売れたとしても完全にマイナスですね。
でも好きすぎて手離せないんですよ。
かなりダーティーな改造してたから車検を再取得するのはかなりハードル高いんですが…
で、ファミリーカーなんて乗ったけど結局無理で、家族の理解のおかげで新たにトレノを購入して、5人乗りなのでファミリーカーとして頑張ってもらいました。
そのうち嫁さんが「ロードスターが欲しい」と言ってAT限定解除したのでロードスター召還。
こんな感じで今に至ります。
自分はただ好きすぎただけで、「今に高くなるかも」なんてカケラも思いませんでしたね。
イニシャルDが流行ってしばらくしてからは「もしかしたら?」とは思ったけど、ハチロクを手離す気なんかさらさら無いので「安いうちに入手しといて良かった」だけです。
とにかく自分が乗りたいだけ。
だから「美しいクラシックカー」と言うのも全く理解してませんね。
最高に好きな車だから素敵だとはいつも思ってますが。
結局のところ、それでも持ってる人と言うのは、置き場所に困らなくてそのまま置いといた人は別として、そうでない人は相応の情熱とか愛情とかがあるから維持してるわけで、そこに「価値が上がるから」なんて言う計算は一切無いのでは?と思うわけです。
少なくとも自分はさそうですね。
我々オジサン世代は、どんどん新しくて良い物が出てきて、景気も良いからどんどん新しい物に換えて行くのが正義だった時代を生きています。
金も稼ごうと思えば今より稼げた人も多かったし、そこらに捨てられてたりするような車をわざわざ置き場所を確保してまで取っておくことは考えなかったでしょうね。
自分も置き場所さえあれば、MR2、180SX、セフィーロA31等、ほとんど捨て値で手離した車たちを置いておきたかったですよ。
結局救えたのは一番思い入れの深かったハチロクだけです。
これからの人は「古い物が高騰する」と言う時代を経験してるのだから、それを踏まえて上手に生きてくれたら良いと思いますよ。
自分はただ、好きな物を手離せなかっただけです。
それだけに手離しておいて今さら「俺たちの」なんて言ってる人がいるなら冷ややかな目で見てしまいますけどね。 それを目論んで、当たるだろうと復刻して商品を出したら、
まったく当たらず在庫を抱えて倒産した会社の人にも、
想像力が欠けてたね
と、貴方は言うのでしょうね
貴方は「結果の出たもの」について、
なぜいかにして、前々からわからなかったのかと、結果論成功論からしか、
貴方の結論を導き出していないことに、いつか気づけば良いですね そう思う人が大半だからこそ、全体の個数が減り価値が出るのですよ、、、
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