90年代前後の日本製スポーツ Sportsカーの頂点といえばトヨタ・スープラ Supra3.0R
90年代前後の日本製スポーツ Sportsカーの頂点といえばトヨタ YOYOTA・スープラ Supra3.0RZ-Sに日産フェアレディ300ZXツインターボに三菱3000GTОツインターボがBIG3でしたが。3車とも3000㏄ツインターボだったので排気量換算でいくと実質的には4500㏄ということになりますが。
なぜこの時代はそんな巨大なエンジンだったのですか。
最新のフェアレディZでも3700㏄ですが。
4500㏄のエンジンてなぜ当時はそんな馬鹿デカいエンジンだったのですか。
と質問したら。
技術がなかったから大きくするしかなかった。
という回答がありそうですが。
当時てそんなに技術がなかったのですか。
それはそれとして。
なぜこの時代の日本製で無駄に排気量が大きかったのですか。
排気量が大きくても馬力がなかったので。 むしろ当時のがV8とかトヨタ、日産はおろか三菱も作ってたよ。
日本は排気量で税金や保険 変わるから3000辺りが大衆向けの限界だったのでは!? それくらいないと迫力が出ないから、でしょうか。 景気良かったことと
パワー競争の時代
ゴージャスで高級なコスト度外視でも
買ってくれる国民全体が景気良かった背景があります
規制の中でギリギリの拡大装備で作った時代
バブル期は異常だったんです。
単にスポーツカーではなく、豪華を主として車作ってました
ただ速いだけではユーザーは買いません
より豪華にハイパーってハイソカーを望んでました。
速さ求めるなら、GTOにせよスープラにせよ、あんな豪華装備して
重くしないでしょう。当時は豪華に贅沢な装備のスポーツカーしか
売れなかったんです。それもバブル弾けたら風船のようにしぼんで
消えました。 今とはエンジンのレベルが違います。
ハイパワーにするには大排気量にするのが手っ取り早かったのでしょう。
それと、排気量換算で4500ccになるというのは、一概には言えませんよ。 ガキのたわごとだったのか
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