カリスマ後のリスタート今、ニッサンGT-Rを語るならば、まずこの話から始めるべきだろう。従来、GT-Rについてほぼ全権を委任されていた開発責任者の水野和敏氏は2月に退職となり、この2014年モデルは新たな体制にて生み出された。 CPS(チーフ・プロダクト・スペシャリスト)は田村宏志氏。現行R35GT-Rにはこれまで関わっていなかったが、実はR34時代にはほぼGT-R開発を主導する立場にあり、また、2001年に発表されたGT-Rコンセプトについても、企画立案を行なったのは、まさに氏であった。現在はニスモビジネスユニットのCPSでもあり、すでに水野政権時にも、今回同時に世に出ることとなったGT-Rニスモの開発は指揮していた。その流れから、ここに来てGT-R自体を引き受けることとなったのだ。 新しい開発体制では、CPSだけでなくクルマの動的な部分を司るCVE(チーフ・ヴィークル・エンジニア)にも新たな人材が迎えられ、また『現代の名工』としてその名を知る人も多いテストドライバー、加藤博義氏も開発に加わっている。一方、いわゆるテスト部隊は、ほぼこれまでのチームがそのまま踏襲されたという。 では、この新しい体制で目指された境地はと言えば、一言にまとめれば、より成熟したスポーツカーへの進化である。一方でタイムを追求する役割は、GT-Rニスモに委ねられた。 標準モデルでは内外装の変更こそ最小限ながら、サスペンションのチューニングは完全に改められ、タイヤも新設計とされている。タイヤの接地荷重変化の抑制、ステアリング応答性の向上が狙いだ。また、制振/吸遮音材の最適配置、アクティブノイズコントロールの採用などにより、快適性を高めつつエンジンサウンドを際立たせていると聞けば、新たな方向性について察しがつきやすいかもしれない。 またニスモに関しては、エンジン内部まで手を入れて最高出力を600psまで高めたほか、ボディは構造用接着剤を用いて剛性アップを図り、サスペンションやホイールも変更。そして見ての通り空力にも大きく手が入れられている。ニュルブルクリンク北コースのラップタイムは7分8秒679に到達した。 俄然しなやかになった乗り心地まずは標準モデルの印象から記していこう。乗り込んだブラックボディのGT-Rは、新採用のベージュのシートが今までにない上質な雰囲気を醸し出している。メーターパネルがカーボン調の意匠となったのも、新鮮というほどではないが、今までの無味乾燥な感じを和らげている。 発進させて、まず気付くのはステアリングの軽さだ。個人的には、もうほんの少しだけ反力感があった方が好みではあるけれど、おかげでクルマの動き自体が軽快に感じられるのは確か。従来の異様なまでの威圧感のようなものが、これだけでだいぶ薄れたという感じだ。 エンジンの吹け上がりも、やはり軽やかになった気がする。実際、2007年のデビュー当初に較べれば今までもフィーリングは洗練されてきていたのだが、2014年モデルでは、余計なノイズが消えて、サウンドの気持ち良い部分が随分クリアになった感がある。やや負荷がかかった状況で低回転域からアクセルを踏んでいった時のクゥーンという"泣き"を耳にしたら、「何だ、実は結構いい音してたんだ」と嬉しくなってしまった。 しかし何より特筆するべきは、その快適性の向上ぶりを置いて他にはない。乗り心地、俄然しなやかになっているのだ。ソフトになったというよりは、サスペンションがよく動いて、路面に追従してくれる感が増したという印象。荒れた路面でも目線がブレないのは、つまり足だけがきれいに動いて、車体がやたらと上下動しなくなったおかげである。 とは言え、サルーンのように快適というわけではない。フロントのワンダリング傾向は強く、進路がちょろちょろ乱されるのは、タイヤの太さを考えれば致し方ないとは言え、もう少しなんとかならないかというところ。もちろん、今までだってあったそんなことが殊更気になるようになったのは、乗り味の方向が変わってきたからこその前向きな話だ。 平均台の幅が大きく広がった注目のニスモはサーキットで走らせた。ラップ数は少なく、思い切り攻め込めたとは言えないが、それでもすべての面で滑らかさを増していることは確認できた。 最高出力600psを得たエンジンは、しかしピーキーさとは無縁に滑らかに吹け上がり、ギアボックスの変速もスムーズ。途方もなく速いけれど粗野ではなく、むしろ上質感に浸ることすらできる。 サスペンションの動きも、やはりしなやか。標準モデルと方向性は一緒だ。決して柔らかいわけではないが、とにかくよく動いて路面を離さない。従来のGT-Rは、もちろん速いしダイレクト感も抜群だけど、挙動変化が唐突に起きそうな怖さが拭えず、リミットまで攻めるには結構勇気が要った。しかしGT-Rニスモは、すべての動きが滑らかに繋がり、挙動の先読みがしやすい。 たとえばブレーキングしながら「ちょっと突っ込み過ぎたな」とすぐに読めるから、じゃあどうやってターンインしていこうかと考えて微妙に修正を行ないながら進入していける、なんて感じである。平均台の幅が大きく広がった。そんな言い方をしてもいいかもしれない。そうそう、ブレーキも強力で、且つコントロール性も上々で、それもまた自信をもって攻めることを可能にしてくれたように思う。 ニスモと言えばモータースポーツのイメージが強く、乗り味もガチガチの硬派なものと想像されがちかもしれない。しかし今のニスモは、ジュークなどを見ても解る通り、より洗練されたスポーツ性をもったブランドとして育てられている。GT-Rも例外ではなく、圧倒的な速さとコントロール性とともに、質の高い走りの世界が構築されていたのだ。 ちなみにニュルブルクリンクでのタイムアタックで使われたスペックそのままのサスペンションはオプションで用意される。実はコレ、標準よりソフト傾向に躾けられているから、日本のサーキットではベースのままの方が良さそうだ。とは言え、コレじゃなきゃイヤだというユーザーが居るだろうということも理解はできる。いずれにしてもユーザーに選択肢を用意してくれたことに感謝したいところである。 世界のスーパースポーツの土俵の上へと帰ってきた2014年モデルでGT-Rは、これまでの精神を継承しながら、ふたつの方向に分かれて進化、発展した。世界のライバル達との戦いを見据えたプレミアムスポーツモデルとしての標準モデル、そしてひたすらに走りを追求したニスモという分担である。こうして、それぞれのモデルのやるべきことが明確になったことで、それぞれにフォーカスが絞れたという面、確かにありそうだ。 実際、標準モデルではニュルブルクリンクでのタイム計測は行なっていないのだという。おそらくサーキットのラップタイムで比較すれば、従来より落ちている可能性は高い。 しかしながら、それを引き出せる人の数は間違いなく増えているはず。また、そこで得られる充足感も、きっと深まっているに違いない。あるいは、サーキットまでの移動すらも豊かな時間と感じられるようになってきた。そう言っても過言ではないように思う。 一方のニスモは究極の速さをひたすらに追求している。しかもピークが高いだけでなく、筆者のようなドライバーでも600psを使い切れそうな感じすら与えてくれる懐深さまで併せ持っている。ある意味では標準モデルと同様、単に機械を操作しているというよりは、クルマと一体になって走っている感覚、あるいは情感とでも呼ぶべきものが、やっと感じられるようになってきた。 実際に手が入れられた部分は、決して広範囲とは言えない。しかし2014年モデルのGT-Rが新たな方向に向けて踏み出したことは確かだ。これなら従来のユーザーも、それぞれの求めるGT-R像にあわせて、いよいよ買い替えを考える気になるのではないかという気がする。 では新たなユーザーを掘り起こすことはできるか。正直言ってまだ何とも言えないが、結果的に狭い範囲のマニアが信奉する存在となってしまっていたGT-Rが、世界のスーパースポーツの土俵の上へと帰ってきたことは間違いない。 これから再度、GT-Rには注目しておかなくては。そんな気にさせるに十分な、新たな地平を2014年モデルは今回、しかと見せてくれたのである。 |
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