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【あの頃、あいつの加速はイカれていた】初代日産「シーマ」は海外ライバルをも凌駕する爆速サルーンだった ...

2025-3-9 08:00| post: biteme| view: 568| コメント: 0|著者: 文:加藤 英昭

摘要: 日本車離れした美しいスタイリング 1988年、国産車の歴史が変わった。日産が送り出した「シーマ」は、単なる高級車ではない。まるでスポーツカーのような速さを誇り、スペックは当時のメルセデスやBMWすら凌駕した。 ...

【あの頃、あいつの加速はイカれていた】初代日産「シーマ」は海外ライバルをも凌駕する爆速サルーンだった

日本車離れした美しいスタイリング

1988年、国産車の歴史が変わった。日産が送り出した「シーマ」は、単なる高級車ではない。

まるでスポーツカーのような速さを誇り、スペックは当時のメルセデスやBMWすら凌駕した。高速道路で後続車を置き去りにし、「シーマ現象」と呼ばれる社会現象を巻き起こしたのだ。バブルの夢を乗せた最強サルーン、その衝撃の実力とは?

当時、国産高級車の代表格だった「セドリック」と「グロリア」の上級バージョンとして企画されたシーマは、デビューと同時に「シーマ現象」と表現されるほどのブームを巻き起こした。

ボディはパーソナル指向の4ドアハードトップで、伸びやかな3ナンバーボディだった。シーマが発表された1988年1月は、まだ3ナンバー車に対し、抑制目的な高額の自動車税が課されていた時代だ。そのため3ナンバー専用ボディはまだ少なかった。当時3ナンバー規格だったのは、フォーマルカーの頂点、トヨタ「センチュリー」や日産「プレジデント」などごく少数だった。

クラウンをはじめ、セドリック、グロリアの3ナンバー車は、ボディそのもののサイズは変えずモールの取り付けや大型バンパーを装着することで、5ナンバーサイズを3ナンバー規格にしたものだったが、シーマは専用設計の存在感溢れるスタイリングでユーザーを魅了。スリーサイズは全長4890mm×全幅1770mm×全高1400mmを誇った。

ボディの幅をゆったりと取った安定感のあるフォルムは、イタリアのカロッツェリアが担当したと言われている。クロームパーツに頼ることなく、フォルムそのものを磨き込むことで高級感を表現したデザインの完成度は高く、欧州車と共通の塗料を採用した深みのあるボディカラーも独特の個性を発散した。

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#シーマ #セドリック #グロリア #高級車 #日産 #爆速セダン

もはや暴力的な3.0L V6ターボを設定

インテリアも豪華そのもの。パーソナル感覚を重視したピラーレス構造の4ドアハードトップながら、たっぷりとした後席の居住スペースを確保し、ショーファードリブン(運転手付き)としても使えるキャラクターを持っていた。

特等席はドライバーズシートだ。大ぶりのシートは電動調整式で、長距離クルーズでも疲れ知らずの快適性優先の設計だった。

ステアリングの中央部には、オーディオなどのリモコンスイッチを集中配置。ステアリング操作をしても中央部のスイッチ類はそのまま動かないユニークな構造を採用する。

もちろんオートエアコンや高級オーディオなど、当時の考えられる限りの快適クルーズアイテムはすべて標準装備。その細やかな心配りで乗る人を大切にもてなしていた。

だが、その装備以上にオーナーの心を熱くしたのは、圧倒的なパフォーマンスだった。パワーユニットは全車3.0L V6ガソリンエンジンで、自然吸気(200ps)とターボ(255ps)の2タイプを設定。自然吸気でも刺激的な走りを楽しめたが、ターボの走りはもはや暴力的。255psのパワーは1600kgを超える重量を感じさせない爆発力をもたらした。

とくにその全開加速時の迫力は印象的。リアタイヤを沈み込ませ、ノーズが上を向く独特のポーズで、瞬く間に周囲の交通の流れをリードした。上品なスタイリングから想像できないほどの鮮烈な速さだった。

テストコースで収録した0-400m加速は15秒台前半。当時の日産「フェアレディZ」(Z32)が14秒台後半だったことを考えるとかなりの俊足だ。4速ATのセダンでこの加速感を味わえたのだから、驚異的だった。当時のメルセデス・ベンツ「Sクラス」をも凌駕するパフォーマンスの国産サルーンの誕生。これはまさにセンセーショナルな出来事だった。

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「走りのタイプII-S」が熱い

シーマは、街中はもちろん、高速道路でも無敵の存在だった。フロントグリルの輝きがルームミラーに映った瞬間、前走車は道を譲った。シーマの威圧感は、それもまた一種の社会現象だったかもしれない。

なにしろ、シーマに対抗できるクルマは当時ポルシェやフェラーリといった純スポーツモデルのみ。「パワーエリート」という言葉がこれほど似合うクルマも少なかった。

注目グレードは、「タイプII-S」。車高を低く抑えた専用チューンの足回りを持ち、鍛造仕様のスポーク形状アルミホイールを採用した「走り仕様」である。シーマの強烈なパフォーマンスが純粋に楽しめる「大人のスポーツセダン」だ。タイプII-Sを選ぶユーザーは少数派だったが、それだけに街で見かけると、その存在感は格別。凄味を感じさせた。

(終わり)

(写真:日産)

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