250km/h時のダウンフォースは異例の800kg世界限定500台が、67万5千ポンド(約9800万円)という価格にも関わらず、デビューを飾った今年3月のジュネーヴ モーターショーの時点で、すでにほぼ完売だったというマクラーレン セナの名は、言うまでもなく伝説の名ドライバー、アイルトン・セナに由来する。この、とても重い名前を背負って登場したマシンのステアリングを握る舞台として用意されたのはポルトガルのエストリルサーキットであった。 往年のグランプリコースは、今の基準で見るとコース幅が狭く、舗装も平滑とまでは言い難い。それだけに、なぜここが選ばれたのかと腑に落ちない感もなくはなかったのだが、現地についたら思い出した。ここは1985年、当時のロータス・ルノーを駆るアイルトン・セナがF1初優勝を遂げた記念すべきコースだったのだ。 我々日本人5名を含む世界中から招聘されたジャーナリストが案内されたピットには、それぞれの名前が記されたロッカーが用意されており、その中には事前に申告したサイズ通りのレーシングギア一式が置かれていた。ホスピタリティの素晴らしさは感動モノである。 もっとも、それは単なる演出などではない。何しろ、これから対峙しようとしているマシンは、乾燥重量1198kgという軽量ボディに、最高出力800psのエンジンを搭載したビーストなのだから。セナは公道使用に必要な装備をすべて揃えつつも、あくまでトラック用という位置づけのマシンなのだ。 それゆえにスタイリングも、造形の美しさよりも何よりも機能、すなわち速さが優先されている。各部に冷却用の大きな穴が開けられ、250km/h時に800kgという公道走行用車両としては異例のダウンフォースを稼ぎ出すべく空気の通り道が用意され、またフロントのアクティブ・エアロブレード、リアのアクティブ・ウイングといった可変機構を持つ空力パーツが装着された外観は、美醜で語るならば後者かもしれない。しかし、機能を徹底的に追求した姿が、ある種のすがすがしさのようなものを感じさせるのも、また事実。つまりはレーシングカーを見ているようなものである。 CFRP製の最新シェルと外板で軽量化を徹底車体の基本構造は、MP4-12C以来のCFRPシェルを用いるという点では、他のモデルと変わらない。しかしながら複数のCFRP素材を丹念に組み合わせた最新のMonocageIIIと呼ばれるシェルは、更なる軽量化、高剛性化を実現している。しかも、それだけじゃなく外板もほとんどがCFRP化されていて、フロントフェンダーはたった0.66kg、リアウイングすらも4.87kgしかないなど、軽量化が徹底されている。 ミッドマウントされるエンジンはV型8気筒ツインターボという形式こそ720S用と変わらないが、中身はピストン、コンロッド、クランクシャフトなどの主要パーツが新設計されている。最高出力は前述の通り800ps、最大トルクは800Nmで、7速SSG=デュアルクラッチギアボックスを介して後輪を駆動する。LSDを備えずブレーキ制御でそれと同様の働きを行なうのは、マクラーレンの定石通りである。 駆動用電気モーターは備わらない。マクラーレンのアルティメットシリーズ第一弾となった前作P1はハイブリッドだったし、世のスーパースポーツの潮流も電気の力を活用する方向にあるが、セナはピュアなドライビングプレジャーを突き詰めるべく、コンセプトの段階から電動化は考慮しなかったそうだ。 さすがマクラーレンらしく、シャシーは非常に凝った、独創的な構成とされている。金属製コイルスプリングに代わって採用されたのは、車高調整も可能な油圧式サスペンション。720Sなどとも同じように、アンチロールバーに代わって左前と右後ろ、右前と左後ろの油圧経路を連関させたレースアクティブシャシーコントロールも搭載されている。 720Sがサルーンに思えてしまうさて、予習はこれぐらいにして、そろそろ走り出したい。何と、まずはコース習熟のために720Sで4周したのちに、いよいよセナの試乗である。軽いディへドラルドアを閉めると、下側の窓から地面が見えるのが不思議な感覚だ……などと言っている暇もなく、フルバケットシートに身体を滑り込ませたら6点式ハーネスを強く締め上げ、慌ただしくコースインする。 違いはピットロードを過ぎて1コーナー先へと入っていく時点で、すでに明らかだった。ステアリングが格段にクイックで、きわめてシャープにノーズがインに向くのだ。しかも、それは決してギア比だけが先行したような感覚ではなく、操舵と同時にまるで平行移動するかのように曲がっていく。セナの後では、720Sがサルーンに思えた…というのは本当の本音である。 パワートレインも、まさに胸のすくという言葉が相応しい。アクセルペダルを踏み込むと同時に即座にトルクが立ち上がり、すぐに強力な加速が始まったかと思うと、どこまでもその勢いがまったく衰えない。しかも、その際には頭上を走る、エンジンへと吸気を送り込むシュノーケルからのゴーッという音で車内が満たされるから、迫力は半端ない。 720Sはターボエンジンであることを良い意味で意識させないリニアなパワーカーブを持っていたが、セナは持てる力のすべてを、即座に発揮するという印象だ。その分、コントロールは難しくなり、特にコーナリング中のアクセルワークには気を遣うが、速さに直結した特性であることは間違いない。 本当のポテンシャルはダウンフォースを使わないと見えないそして、そのシャシーがこれだけのパワーとトルクを完全に手なずけていることにも感服させられた。エストリルで言えば3コーナー、4コーナーなどの低速のヘアピンは、決してグイグイ曲がっていくわけではないが、パワーをかけていくとリアが適度に流れ、軌跡を容易にコントロールできる。この“適度に”というのがポイントである。800psの後輪駆動車で、これだけ自由度が高いのは尋常ではない。 旋回速度が高まるにつれて、走りがどんどんイキイキとしてくる。コーナーへの進入速度はますます高まり、けれど限界には容易に到達せず、しっかりクリッピングを取ったあとにアクセルを深々と開けていけば、脱兎の如きダッシュであっという間に次のコーナーに到達してしまう。自分の中の速度感がリセットされそうなこの快感は、並のスポーツカーでは到底得られないものだ。 チャレンジングなのは5コーナーのような高速コーナーである。限界が低いわけではなく、その逆。しかも速度が高まるほどにダウンフォースが効いてくるから、下手にアクセルを緩めたりブレーキをかけると曲がらないのに、意を決して踏んでいくとそのままクリアできてしまう。ダウンフォースの効くマシンの経験が無いと、本当のポテンシャルには気付きにくいかもしれない。 しかしながら、このシビアながらクイックなステアリングやアクセルのレスポンス、攻めるほどに安定してくるかのようなスタビリティに身体が馴染んでくると、凄まじいほどのハイペースで周回できるようになってくる。高速の最終コーナーのラインの自由度の高さも唸らされるポイントで、ここをうまく抜けると約985メートルのメインストレートの、1コーナー手前200メートルのブレーキングポイント地点で、速度計の針はすでに285km/hを指していたほどだったのだ。 16周のアタックでも制動力が悪化しないブレーキも秀逸更にダメ押しで、ブレーキが秀逸。この第1コーナーをはじめハードなブレーキングのポイントが何カ所もあるにも関わらず、セナのブレーキは合計16周のアタックでもまったく制動力を悪化させることなく、脳内の血が偏りそうなほどの減速Gを発生し続けた。制動時にダウンフォースを高めるアクティブエアロの効果も大きい。とにかく、すごい体験だった。マシンを降りたあとはしばらく放心状態。しかし顔はきっとニヤついていたはずだ。 正直、乗る前にこのセナ、アルティメットシリーズとしては物足りない内容に思えていた。ハイブリッドだったP1と較べると、少なくともパワートレインはむしろローテクに思えたからである。 しかし、この走りを体感したら、もはや納得するしかない。敢えてハイブリッドとしなかったのは、サーキットでの究極の走りの歓びだけをひたすらに追い求めたからだろう。そして実際に、ここに描かれたドライビングプレジャーは、普遍のものだと感じられた。 「Driven to Perfection」 晩年のアイルトン・セナがシンボルとして使っていたダブルSのマークの下に書き添えられていた言葉である。マクラーレン セナは、確かにその名に相応しい1台に仕上がっていた。 スペック【 マクラーレン・セナ 】 |
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