ディーゼルエンジン以上の入念な音対策が施されている世界初のHCCI(予混合圧縮着火)を実現したエンジン、SKYACTIV-Xを、いまでは先代となったアクセラのボディに搭載したプロトタイプに試乗したのはちょうど2年前。当時、マツダの技術者をして「こうして試乗会ができるレベルまでもってこられたのは奇跡に思えます」と言わしめた夢のエンジン(開発担当者にとっては悪夢のようなエンジンかもしれない)がついに市販のときを迎えた。 日本発売は10月頃の予定だが、ひとあし先にドイツで行われた試乗会に参加する機会を得た。そこで今回は2LガソリンのSKYACTIV-G 2.0や1.8LディーゼルのSKYACTIV-D 1.8との比較を交えながら、新型マツダ3のフラッグシップモデルの実力をレビューしていこう。 まずは簡単におさらいから。世界中の技術者が幾度となく挑戦し、夢破れてきた予混合圧縮着火(HCCI)は、出力と燃費を高度に両立させる究極の内燃機関としてすでに理論は確立されていた。しかし、燃料1に対して空気30という超希薄混合気(通常は1:14.7)を最適なタイミングできれいに燃やすことの難しさが実用化を阻んでいた。 それを、スパークプラグでコントロールするという独創的な発想によって世界で初めて実現したのが、SKYACTIV-XのSPCCI(スパーク・コントロールド・コンプレッション・イグニッション=火花点火制御圧縮着火)だ。このあたりの詳しい説明は以前書いた記事を参照して欲しい。 あれから2年の時を経てプロトタイプから量産版へとステップを進めたSKYACTIV-X。まず驚いたのが静粛性の高さだ。室内に座りスタートボタンを押すと、一瞬のクランキングでSKYACTIV-Xは安定したアイドリングを始めた。かなり高い圧力で燃料を噴いているにも関わらずインジェクターのカラカラ音を含めノイズの類いが一切室内に侵入してこない。いったんクルマから降りてエンジンルーム周りや排気管周りに近付いてみたが、外部からの観察でも「静か」という印象は変わらなかった。 マツダはディーゼルエンジンを積極的に開発している数少ない日本メーカーであり、ディーゼルエンジンのガラガラ音をボディ側の遮音対策で軽減するノウハウをもっている。そこで技術者に「これ、ディーゼル並みの音対策をやってるんですか?」と聞いたところ、返ってきたのは「いえ、ディーゼル以上です」という答え。ディーゼルをセミカプセルだとすれば、SKYACTIV-Xはフルカプセルと表現できるほどの入念な遮音、吸音対策を施しているという。 プレミアムクラスも含めてCセグメントでトップの静粛性再び乗り込んで走り出す。前述した音対策は独特のフィーリングをマツダ3に与えている。端的に言うと「まるで高級車のような静かさ」なのだ。SKYACTIV-D 1.8やSKYACTIV-G 2.0を搭載したマツダ3もかなり静かだ。しかしSKYACTIV-Xモデルはさらにその上を行っている。 騒音計で測っても違いはでるだろうが、それ以上に印象的だったのが静かさの質。手間とコストと重量をかけて入念に遮音対策と吸音対策をしたクルマだけがもつトゲのないマイルドで上質な静けさ・・・言い換えれば500万円を超えるような高級車によく似た静粛感が味わえる。SKYACTIV-Xを積むマツダ3の静粛性は、プレミアムセグメントを含むすべてのCセグメント車のなかで間違いなくトップに位置する。 音といえば、先代アクセラの最大の弱点が盛大なロードノイズだった。ザラついた路面では会話がままならないほどのゴーッというノイズが室内を満たしたものだ。マツダ3ではこの部分も劇的に改善されている。標準の8スピーカーオーディオもかなりいい音を聴かせるが、せっかくなら7万5600円追加して12スピーカーBOSEサウンドシステムを装着したい。 燃費やパワーの数値は控えめなのにガソリン車の70万円増し!欧州仕様のパワースペックは180ps/6000rpm、224Nm/3000rpm。国内仕様のSKYACTIV-G 2.0が156ps/6000rpm、199Nm/4000rpm、SKYACTIV-D 1.8が116ps/4000rpm、270Nm/1600-2600rpmだから、SKYACTIV-G 2.0と比べるとパワーもトルクも上。SKYACTIV-D 1.8との比較ではトルクこそ及ばないがパワーは5割以上高い。 そうはいっても、SKYACTIV-Xは決してスポーツエンジンではない。たとえばゴルフGTIの2Lターボ(230ps/350Nm)と比べるとスペック的にも、サウンドを含めたフィーリング的にも大人しめだ。スポーツ性を期待して購入すると、ちょっと違うかな? となる可能性が高いことは留意しておいたほうがいい。 一方、燃費もWLTPモードで6.3L/100km、新NEDCモードで5.3L/100kmと、常識的なレベルに収まっている。そう、世界中の技術者が夢見た究極の内燃機関ではあるものの、飛び抜けて速いわけでもなく、かといって飛び抜けて燃費がいいわけでもない。ここが商品として眺めたときのSKYACTIV-Xの難しいところだ。 アウトバーンと一般道を使った今回の試乗コースでの燃費データを示すと、同じマツダ3の6速MTで、SKYACTIV-G 2.0が16.4km/L、SKYACTIV-Xが19.2km/Lと、17%の向上をみた。エンジン開発に携わるエンジニアであれば、よりパワフルなエンジンで17%も向上したのはさすがSPCCIだ! と賞賛するだろう。しかし20km/L超えのハイブリッド車を見慣れた日本のユーザーにしてみれば、たった17%? となる可能性も高い。 そこでキーになるのが価格だ。「SKYACTIV-XのコストはSKYACTIV-DとSKYACTIV-Gの中間ぐらい」というコメントを受け、プロトタイプのレポートではSKYACTIV-G 2.0の20万円増しと予測した。Mハイブリッド、スーパーチャージャー、筒内圧センサーといった高価なパーツを使っているのにホントかなぁという疑念もあったが、マツダがそういうのだからそうなのだろうと思っていたのだが、蓋を開けてみるとSKYACTIV-Gの70万円増し。予想外という想いと、やっぱりねという想いが交錯した。音対策にかなりのコストをかけた結果だとしても、あと20~30万円安ければ説得力はかなり増したと思う。 とはいえ、もし僕がマツダ3を買うとしたら、それでもSKYACTIV-Xを選ぶ。その理由は次のページで。 ドライバーの意思に忠実な加速を生むSKYACTIV-Xの高応答性マツダ3には1.5Lと2Lのガソリンに加え、1.8Lディーゼルと、2Lガソリンをベースに開発したSKYACTIV-Xの4種類のエンジンが用意されている。このうち1.5Lエンジンは積極的に売るつもりがないようで、マツダはプレス用の試乗車すら用意していない。これは「すべてのモデルを知ったうえで選択購入したい」というユーザーの要望に反する方針であり、理解に苦しむ。 まあそれは横に置くとして、先日テストコースでSKYACTIV-D 1.8とSKYACTIV-G 2.0に乗った印象をお伝えすると、いずれもよくできたシャシーに遅れをとっていると感じた。決して悪いエンジンではないのだが、ディーゼルは低回転域での応答遅れが少し気になったし、ガソリンは実用域のトルクがもっとあればもっと気持ちよく走れるのになと思った。6速ATでの試乗だったが、ATが8速ぐらいあればこのあたりのフィーリングはかなりよくなるはず。次の進化のステップとしてマツダにはATの多段化を望みたい。 その点、SKYACTIV-Xはディーゼルの応答遅れと、ガソリンのトルク感不足の両方を見事にカバーしている。ATは6速だが、低回転域から素直に、遅れなく沸き上がる厚みのあるトルクは、ドライバーが望む加速を忠実に生みだす。踏み込んでから待つとか、踏みすぎて戻すとか、そういう違和感がまったくない。とくに街中レベルのアクセル操作に対する"つき"のよさは抜群だ。 Mハイブリッドのモーターアシストはごくごく限定的であり、スッと踏むと遅滞なくスッと押し出される感覚はSKYACTIV-Xのもつ高応答性によるところが大きい。そしてこの部分が、運転していて楽しいとか気持ちいいという印象に直結するのだ。そう、SKYACTIV-Xは決してアドレナリンを沸き上がらせるようなエンジンではない。もちろん、トップエンドまで回せばそれなりに速く走ることもできる。しかしそれ以上に、普段の何気ない走りのなかでの気持ちよさを味わえるのがこのエンジンの特徴である。 このエンジンで欧州ブランドを凌ぐプレミアムな世界が完成する同じことがフットワークにも言える。多くのクルマが「スポーティ」を売り文句にステアリングの反応を敏感にしているのに対し、マツダ3はステアリングギアレシオをアクセラよりスローに設定してきた。こう書くと、鈍感でつまらないのでは? と思うかもしれないが、決してそんなことはない。素早く向きを変えたいときはステアリングを素早く切り込めばボディは遅れなくきっちり付いてくる。 この特性のメリットをもっとも強く感じるのが下りの高速コーナーのような繊細なステアリングが求められるシーンだ。人間にとって切り増しはしやすいが、切り戻しは難しい操作になる。また、切り戻しは逆方向の動きが入るためクルマも不安定になりやすい。その点、ややスロー方向に躾けられたマツダ3のフットワークは基本的に切り戻し操作を求めてこない。一発で決まるか、わずかに切り増すだけで狙い通りのラインをピタリとトレースする。この味を一度味わうと、気持ちのいいドライビングに必要なのはクイック感ではなく切れば切っただけ思い通りに曲がる特性なんだと納得できるに違いない。 乗り心地もいい。フラットな姿勢を維持しながら、路面の突起に対してタイヤがしなやかにたわみ、次にサスペンション、シートという順に各パートがしっかりと仕事をして身体に伝わる衝撃や揺れを効果的に低減してくれる。そこにSKYACTIV-Xがもつ一級品の静粛性と扱いやすさ、そして卓越した内外装のデザインと仕上げが加わることで、マツダ3は驚くほどプレミアムな世界をもたらしてくれる。 SKYACTIV-X搭載モデルの価格は314万円~362万円。決して安くはないが、「メルセデス・ベンツAクラス」はもちろん、「VW ゴルフ」と比べても価格優位性は確実にある。輸入車と比べるの? という突っ込みが入りそうだが、マツダ3はデザインやインテリアの質感、走り、静粛性など、総合性能でプレミアムブランドのライバルさえ凌ぐ実力をもっている。燃費、パワースペック、広さといった数字の世界ではなく、感覚に訴えかける部分を重視するならば、この値段を出す価値は間違いなくある、というのが僕の結論だ。 スペック【 マツダ3 ハッチバック SKYACTIV-X(with マイルドハイブリッド) 】 |
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